― 株式市場から債券市場へ、資金は本当に移るのか? ―
はじめに
2025年後半から2026年にかけて、世界の金融市場は大きな転換点を迎えています。
日本では、長年続いた超低金利政策が完全に転換され、政策金利は0.75%、さらには1%を超える水準まで引き上げられる可能性が現実的に語られるようになりました。一方、米国ではインフレ沈静化と景気減速を背景に、FRB(米連邦準備制度理事会)が利下げ局面に入るとの見方が市場で広く共有されつつあります。
このように、日米で金利の方向性が逆転する局面において、多くの投資家が次の疑問を抱いています。
「株式市場から債券市場へ、資金は本格的に移行していくのでしょうか。」
さらに、
・米国が利下げに転じているにもかかわらず、米国債価格が大きく上昇していない点
・米国経済の先行きに対する不透明感
・トランプ政権の支持率低下や中間選挙を巡る政治リスク
といった複数の要素が重なり、市場環境は一層複雑さを増しています。
本記事では、日本の金利上昇、米国の利下げ、債券市場の動き、そして政治リスクを一つの流れとして整理しながら、「現在マーケットで何が起きているのか」「今後の資産配分をどのように考えるべきか」について、推論を交えつつ丁寧に解説いたします。
第1章|日銀はどこまで金利を引き上げるのでしょうか
0.75%は通過点、1%超えが視野に入る時代へ
日銀は、2024年にマイナス金利政策を終了し、段階的な利上げ局面へと移行しました。現在、市場で強く意識されているのは、直近の会合での0.25%の追加利上げ(政策金利0.75%)、そして2026年にかけて1.0%〜1.25%程度まで金利が正常化する可能性です。
重要な点は、この水準がすでに「サプライズ」ではなく、市場参加者の多くに織り込まれ始めているという点です。
無リスク金利の上昇が意味すること
政策金利の上昇は、単に預金金利が上がるという話にとどまりません。
・国債利回りの上昇
・定期預金やMMFの魅力向上
・株式投資に求められる期待リターンの上昇
つまり、「リスクを取らずに得られる利回り」が再び存在感を持ち始めているということです。
その結果、配当利回りが3〜4%程度の株式は、「比較的安定した投資対象」から、「明確にリスクを取って保有する資産」へと評価が変化しやすくなります。特に、PERが高水準にある銘柄や将来の成長期待に依存する株式は、金利上昇局面では評価が厳しくなりやすい傾向があります。
第2章|それでも株式市場がすぐに崩れない理由
金利が上昇すると、株価は必ず下落するのでしょうか。結論から申し上げますと、そのように単純ではありません。
株価は最終的に、
企業の利益(EPS) × 投資家が許容する倍率(PER)
によって決まります。
仮に金利上昇によってPERが抑制されたとしても、
・企業利益が着実に成長している
・インフレを価格に転嫁できている
・財務体質が健全である
こうした条件を満たす企業の株価は、簡単には崩れません。
特に日本市場では、内需関連企業や銀行・保険といった金利上昇が追い風となる業種、さらに配当方針が明確な企業に資金が集まりやすい傾向があります。SBI新生銀行の再上場が注目を集めた背景にも、こうした金利環境の変化が影響していると考えられます。
第3章|「株から債券へ」の流れは静かに進みます
「株式市場から債券市場へ資金が一気に移る」というイメージを持たれる方も多いかもしれません。しかし、実際の市場ではそのような急激な資金移動は起こりにくいと考えられます。
その理由は、
・年金や機関投資家は一度に大きくポジションを変えられない
・株式を売却する理由が「危機」ではなく「調整」である
・企業業績が急激に悪化しているわけではない
といった点にあります。
結果として起こりやすいのは、株式のリスク量をやや抑えつつ、債券の比率を徐々に高めていく動きです。これは暴落ではなく、ポートフォリオの再構築、あるいはリスク管理の一環と捉えるのが適切でしょう。
第4章|米国は利下げしているのに、なぜ米国債は上昇しないのでしょうか
FRBが利下げ方向にあるにもかかわらず、米国債、特に長期債の価格が大きく上昇していない点に違和感を覚える方も多いかと思います。しかし、これは必ずしも不自然な現象ではありません。
政策金利と長期金利は別物です
長期金利には、
・将来のインフレ不確実性
・米国の財政リスク
・政治的不透明感
といった要素が「タームプレミアム(期間プレミアム)」として上乗せされています。利下げが行われても、これらの不確実性が解消されなければ、長期金利は下がりにくくなります。
また、米国は慢性的な財政赤字を抱えており、国債の発行量が多い状況が続いています。債券は需給によって価格が決まるため、供給が増えれば利回りは高止まりし、価格は上昇しにくくなります。
第5章|米国経済への懸念と政治リスク
市場が慎重になっている要因の一つが、米国の政治情勢です。直近の世論調査では、トランプ大統領の支持率が40%を下回る水準にあると報じられています。
歴史的に見ますと、中間選挙は現職大統領の与党が議席を失いやすい傾向があります。支持率の低下が続く場合、議会構成が変化し、政策運営が不安定になる可能性も否定できません。
市場にとって重要なのは、個々の政治家の評価そのものよりも、政治の不確実性が高まることでリスクプレミアムが上昇する点です。政治リスクが意識される局面では、株式の評価は抑制され、長期金利は下がりにくくなる傾向があります。
第6章|トータルで見た現在のマーケット環境
ここまでの内容を整理いたしますと、現在の市場環境は次のように捉えることができます。
・日本:金利上昇により債券の魅力が回復
・米国:利下げ局面だが長期金利は高止まり
・株式:業績による二極化が進行
・債券:短中期は安定、超長期は慎重姿勢
・政治:リスクプレミアム上昇要因
つまり、「全面的なリスクオフ」でもなく、「無条件の株高」でもない、非常にバランスが求められる局面だと言えるでしょう。
第7章|個人投資家はどのように考えるべきでしょうか
仮に、
・株式60%
・債券30%
・現金10%
という基本配分を採用している場合、今後の調整ポイントは債券30%の中身になります。
・日本国債(短期〜中期)
・米国債(中期中心、超長期は抑制)
・為替ヘッジの有無を分散
このように、期間・通貨・リスクの分散を意識することが、これまで以上に重要になります。
おわりに
金利、景気、政治が同時に転換期を迎える局面では、明確な正解を見つけることは容易ではありません。しかし、一つだけ確かなことがあります。
「金利のある世界が本格的に戻ってきた」という事実です。
これは、リスクを抑えて資産を守る選択肢と、必要な場面でリスクを取る余地の両方を投資家にもたらします。
焦らず、過度に楽観も悲観もせず、静かにポートフォリオを整えていく。そのような姿勢が、今のマーケット環境では最も重要なのではないでしょうか。




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