「国民年金を底上げするために、厚生年金のお金を使うらしい」「自分の年金は減るの?増えるの?」――2025年6月に成立した年金制度改正法をめぐって、こんな声をよく耳にします。
ニュースでは「男性63歳・女性67歳が損益分岐点」「最大約23万円減」といった数字が飛び交いましたが、これは「必ずそうなる」と決まった話ではありません。底上げを行うかどうかは、2029年の財政検証の結果を踏まえて判断することになっています。
この記事では、厚生労働省が公表している試算をもとに、基礎年金の底上げの仕組みと「減る世代・増える世代」を、できるだけやさしく整理しました。
この記事のポイント
- 改正前の仕組みのままだと、基礎年金(1階部分)の水準は現役世代の賃金と比べて約3割下がる見通しだった(経済が伸びない場合)
- そこで、厚生年金の積立金と税金(国庫負担)を活用して、基礎年金の目減りを早めに止めるのが「底上げ」
- 法律では附則(今後の対応などを定める規定)に書かれ、実施するかは2029年の財政検証の結果を踏まえて判断
- 経済が伸びない場合のモデル年金の試算では、2025年度時点で男性63歳以上・女性67歳以上が生涯の受取総額で小幅なマイナス(最大約23万円)
- 同じモデルでは50代以下はプラスになり、40歳以下ではおおむね250万〜300万円の増加
- ただし厚生年金(2階)の割合が高い人ほどマイナスは大きく、60歳・65歳の例で約100万円減の試算も
そもそも「基礎年金の底上げ」とは?
年金は「2階建て」
会社員だった人の年金は、次の2つを合わせたものです。
- 1階:基礎年金(国民年金) … 全員が共通で受け取る部分。満額で月約7万円
- 2階:厚生年金(報酬比例部分) … 会社員時代の給料に応じて上乗せされる部分
自営業の人やパートで厚生年金に入っていなかった期間が長い人は、ほぼ1階だけになります。
1階だけが長く「目減り」し続ける問題
年金は本来、物価や賃金に合わせて増えます。ただ今は、将来の財源を守るために「マクロ経済スライド」という仕組みで、増え方を少しずつ抑えています。
問題は、この抑制が1階と2階で終わる時期が大きくずれていることです。2024年の財政検証では、改正前の仕組みのままなら(過去30年と同じような経済が続く場合)、
- 2階(厚生年金)の抑制は 2026年度ごろに終了
- 1階(基礎年金)の抑制は 30年以上続く
という見通しでした。つまり、基礎年金だけが長い期間にわたって目減りし、現役世代の賃金と比べた水準が約3割低くなる見込みだったのです。「通帳に入る金額が3割減る」という意味ではなく、現役世代の収入と比べた「価値」が下がるという意味です。
基礎年金は、年金が少ない人ほど収入に占める割合が大きい部分です。ここが細ると、とくに就職氷河期世代や、厚生年金の加入期間が短い人の老後が苦しくなります。
なお、2025年の改正法では、厚生年金(2階)の抑制を、次の財政検証の翌年度(2030年度の予定)まで続けることも決まりました。厚生年金を受け取る人に不利にならないよう、この間の抑制の度合いは3分の1に緩めるとされています。
どうやって底上げするの?厚生年金の積立金を活用する仕組み
底上げの中身は、ひとことで言うと「1階と2階の目減りを、同じ時期に終わらせる」ことです(専門的には「調整期間の一致」と呼ばれます)。
- 基礎年金(1階)の抑制を早めに終わらせる
- その代わり、厚生年金(2階)の抑制をしばらく延長する
- 厚生年金の積立金を、これまでより多く基礎年金の支払いに回す(厚生年金の保険料や積立金は、もともと基礎年金にも充てられています)
- 基礎年金の半分は税金でまかなっているため、国庫負担(税金)も増える
厚生労働省の試算(パートなどへの厚生年金の適用拡大を進めた場合と比べたもの)では、基礎年金の抑制期間は約15年短くなる一方、厚生年金の抑制期間は約9年延びるとされています。
追加で必要になる税金は、経済が伸びない場合で2040年度に約0.5兆円、2070年度に約2.1兆円(2024年度の価格に換算した金額)と試算されています。
この「2階をしばらく長めに抑える」部分が、すでに年金を受け取っている世代の厚生年金の水準が一時的に下がる理由です。反対に、1階が手厚くなる効果は長く受け取るほど効いてくるため、若い世代ほどトータルではプラスになりやすくなります。
法律ではどう決まった?「すぐ実施」ではなく「2029年に判断」
ここは誤解が多いところなので、経緯を整理します。
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 2024年11月 | 厚生労働省が審議会で、厚生年金の積立金を活用した基礎年金の底上げ案を示す |
| 2025年5月16日 | 政府が法案を国会に提出。この時点の法案には底上げ策は含まれていなかった |
| 2025年5月27日 | 自民・公明・立憲民主の3党が、底上げ策を附則に書き加える修正で合意 |
| 2025年6月13日 | 年金制度改正法が成立(6月20日公布) |
| 2029年(予定) | 次の財政検証。基礎年金の水準低下が見込まれるなどの条件に当てはまれば、必要な法制上の措置を講じる |
つまり法律に書かれたのは、「次の財政検証で基礎年金の水準が下がると見込まれるなどの場合は、底上げのための法律上の手当てをする」という条件つきの約束です。自動的に実施されるわけではなく、2026年10月の今も、底上げが始まっているわけではありません。
あわせて法律には、底上げによって基礎年金と厚生年金を合わせた年金額が、底上げしなかった場合より下がる人がいれば、その影響を和らげる措置を講じることも書かれています。どこまで和らげるかは、今後の制度設計しだいです。
また、追加で必要になる税金の財源(安定財源)をどう確保するかも、これから検討されます。
誰が減って、誰が増える?世代別の試算
では、実際に底上げをした場合、生涯で受け取る年金の総額はどう変わるのでしょうか。厚生労働省が示した試算を、主な生まれ年に絞って抜き出しました。
前提は次のとおりです。
- 経済が伸びない場合(過去30年と同じような状況が続く「過去30年投影ケース」、実質ゼロ成長)
- パートなどへの厚生年金の適用拡大も進めた場合
- モデル年金(1人分):基礎年金6.7万円+厚生年金4.6万円=月11.3万円。夫婦2人のモデル年金を半分にした計算上の金額で、会社員一人の平均的な受給額という意味ではありません
- 受け取る期間は平均余命から男性20年・女性24年として計算
- 前に書いた「緩和措置」は反映していません
なお、ここでの「減る・増える」は、底上げしなかった場合と比べた生涯の受取総額の差です。今の年金額が通帳の上で減る、という意味ではありません。
底上げした場合の、生涯の受取総額の増減(モデル年金・単位:万円)
| 生まれ年度 | 2025年度の年齢 | 男性 | 女性 |
|---|---|---|---|
| 1951年度 | 74歳 | ▲13 | ▲23 |
| 1955年度 | 70歳 | ▲23 | ▲16 |
| 1958年度 | 67歳 | ▲20 | ▲0 |
| 1960年度 | 65歳 | ▲12 | +16 |
| 1962年度 | 63歳 | ▲0 | +36 |
| 1965年度 | 60歳 | +26 | +73 |
| 1970年度 | 55歳 | +94 | +144 |
| 1975年度 | 50歳 | +170 | +219 |
| 1980年度 | 45歳 | +221 | +270 |
| 1985年度 | 40歳 | +246 | +295 |
| 1987年度以降 | 38歳以下 | +248 | +298 |
出典:厚生労働省「第25回社会保障審議会年金部会 参考資料」(2025年6月30日)の試算から抜粋。「▲0」は、万円単位では0と表示されるごく小さなマイナスです。
表から分かることをまとめます(いずれもこのモデルの場合)。
- 2025年度時点で男性は63歳、女性は67歳のあたりが境目(損益分岐点)。これより年上だとマイナス、年下だとプラス
- マイナスが一番大きいのは、男性70歳前後・女性73〜74歳前後で約23万円。この試算での受取総額(男性約2,700万円、女性約3,250万円)から見ると1%に満たない差
- 50代以下はプラス。50歳男性で約170万円、40歳女性で約295万円の増加
- 女性のほうが境目が上なのは、この試算で受け取る期間を男性より長く(24年)置いているため。底上げされた基礎年金を受け取る期間が長いほど、プラスが大きくなります
厚生労働省は、38歳以下では一部の高所得者を除き、99.9%の人の生涯の年金総額が増えるとしています。
なお、表の年齢は2025年度時点なので、2026年度の今は1歳ずつ上になります。ご自身の生まれ年度で確認してください。
ここに注意!「減る人」は条件で大きく変わる
注意1:成長型の経済前提では、試算上はマイナスなし
上の表は、経済が伸びない厳しいケースでの試算です。厚生労働省は、経済が順調に伸びるケース(成長型経済移行・継続ケース、実質1%成長)の試算では、年金の受取総額がマイナスになる人はいないとしています。このケースでは、もともと2階の抑制がほとんどかからない見通しだからです。
注意2:厚生年金(2階)の割合が高い人ほど、マイナスは大きい
「最大約23万円減」は、あくまでモデル年金(月11.3万円)の人の話です。厚生労働省は、年金のうち厚生年金(2階)が占める割合の高い・低いで分けた試算も出しています(男性の場合)。
2階部分の割合が異なる人の試算(男性・単位:万円)
| 2025年度の年齢 | 基礎年金のみ (月6.8万円) |
2階の割合が中ほどの層 (月11.3万円) |
2階の割合が高い層 (月20万円) |
|---|---|---|---|
| 75歳 | ±0 | ▲11 | ▲29 |
| 65歳 | +37 | ▲18 | ▲102 |
| 60歳 | +95 | +15 | ▲97 |
| 55歳 | +176 | +78 | ▲46 |
| 50歳 | +253 | +149 | +30 |
| 40歳 | +331 | +220 | +107 |
出典:同上。「中ほどの層」は年金に占める2階の割合が下位40〜60%の人、「高い層」は上位20%の人の平均(2024年度末に65歳の人の年金額をもとにした機械的な計算)。月11.3万円でも、さきほどのモデル年金とは1階・2階の内訳が違うため、結果も少し異なります。
ここから分かるのは、次の2点です。
- 基礎年金の比重が大きい人ほど、底上げの恩恵が大きい傾向がある。基礎年金だけの人は、65歳でもプラス
- 2階の割合が高い人は、60歳・65歳の例で約100万円のマイナス、55歳でもマイナスになり得る
「63歳以上は損、それより若ければ得」と単純には言えないことが分かります。厚生年金の加入者からは「積立金の流用ではないか」という声も出ました。これに対して厚生労働省は、厚生年金の保険料や積立金はもともと基礎年金にも充てられており、厚生年金を受け取る人の年金(1階と2階の合計)も底上げされるため、「流用」には当たらないと説明しています。
注意3:一時的に水準が下がる時期がある
厚生労働省の見通しでは、2階の抑制が延びることで、2030年代は、底上げしない場合より年金の水準が一時的に低くなる時期があります(2037年度で、現役世代の手取りに対する割合が1.3ポイント低い)。
その後、基礎年金の抑制が早く終わる効果が出てきて、2041年度ごろからはモデル年金の水準が底上げしない場合を上回る見通しです。ただし、それまでに減った分を取り戻せるかどうかは、受け取る期間の長さや、年金の1階・2階の内訳によって人それぞれです。
注意4:「緩和措置」の中身はこれから
前に書いたとおり、法律には「年金が減る人への影響を和らげる措置」が盛り込まれています。この中身によっては、高齢世代のマイナスは小さくなる可能性があります。試算の数字は「緩和措置がない場合」のものだと理解しておきましょう。
年金制度改正法の、その他の主な変更点
2025年の年金制度改正法には、底上げのほかにも、シニア世代に関係の深い変更がいくつも入っています(2026年10月時点)。
| 変更点 | 内容 | 時期 |
|---|---|---|
| 在職老齢年金 | 働きながら年金をもらう人の支給停止の基準を、月51万円から65万円へ引き上げ(毎年度、賃金の変動に応じて改定) | 2026年4月(実施済み) |
| パートの厚生年金加入 | 賃金要件(月8.8万円以上、いわゆる106万円の壁)は撤廃済み。週20時間以上の労働時間要件と企業規模要件(従業員51人以上)は残り、企業規模要件は段階的に縮小 | 賃金要件は2026年10月1日に撤廃。企業規模要件は2035年10月に撤廃 |
| 遺族厚生年金 | 男女差をなくし、18歳年度末までの子のいない60歳未満の配偶者は原則5年間の有期給付に。女性は2028年度末時点で40歳未満の人が対象で、すでに受給している人や2028年度に40歳以上になる女性は対象外。所得などに応じた継続給付もあり | 2028年4月から |
| 厚生年金の保険料の上限 | 標準報酬月額の上限を65万円から75万円へ段階的に引き上げ | 2027年9月から(2029年9月に75万円) |
| iDeCo | 加入できる年齢を70歳未満まで拡大(老齢基礎年金を受け取っていないなどの条件あり) | 2026年12月1日施行予定 |
それぞれの詳しい内容は、こちらの記事で解説しています。
- 2027年の年金改正で何が変わる?在職老齢年金・遺族年金・社会保険…60代からの資産戦略を徹底解説!
- 2026年~2027年の在職老齢年金改正で何が変わる?年収200万〜600万円で実例シミュレーション!
- 2026年10月「106万円の壁」撤廃へ|パートの社会保険はどう変わる?週20時間・130万円の壁も解説
- 5年だけで“打ち切り”は本当?遺族年金の新常識——2028年施行の見直しをやさしく解説(対象者・金額・メリデメ・誤解の整理)
私たちは今、何をすればいい?
1. まずは自分の年金の内訳を知る
底上げで影響を受けるかどうかは、基礎年金と厚生年金の割合で大きく変わります。「ねんきん定期便」や「ねんきんネット」で、自分の年金のうち厚生年金がいくらあるかを確認しておきましょう。
2. 60代以上の方:数字の前提を確かめて、落ち着いて
モデル年金の試算では、生涯の差額は最大でも約23万円です。ただし、年金の内訳が違う人には当てはまりません。また、実施は2029年の財政検証を踏まえた判断待ちで、緩和措置も予定されているという段階です。
厚生年金の割合が高い方は、影響が大きめに出る可能性があります。家計の余裕や必要な生活資金を確認し、働き続けて収入を確保する、年金の受け取りを遅らせる(繰下げ受給)など、公的年金だけに頼らない選択肢を検討しておくと安心です。
3. 50代以下の方:底上げは追い風になり得るが、確定ではない
モデル年金の試算では、50代以下はプラスになる世代です。ただし、2階の割合が高い人は50代半ばでもマイナスの試算があり、底上げそのものも「実施されれば」の話で、財源もまだ決まっていません。家計の状況やリスクの取り方に合わせて、NISAやiDeCoなどで自分年金を準備することも選択肢のひとつです。
4. 2029年の財政検証に注目する
2029年の財政検証を踏まえて、底上げに必要な法改正や、財源・緩和措置の具体化が検討されます。ニュースで「財政検証」という言葉を見かけたら、ぜひ注目してください。
まとめ
- 基礎年金の底上げは、厚生年金の積立金と税金を活用して、基礎年金の目減りを早く止める仕組み
- 法律では附則に書かれ、実施は2029年の財政検証の結果を踏まえて判断。まだ始まってはいない
- 経済が伸びない場合のモデル年金の試算では、2025年度時点で男性63歳以上・女性67歳以上が生涯で小幅なマイナス(最大約23万円)
- 同じモデルでは50代以下はプラス、40歳以下では250万〜300万円ほどの増加
- ただし2階の割合が高い人はマイナスが大きく(60歳・65歳の例で約100万円)、成長型の経済前提ではマイナスなし、緩和措置も予定――と条件で結果は大きく変わる
「損する・得する」という見出しだけで判断せず、自分の年金の中身と、今後の議論の行方を落ち着いて見ていきましょう。
参考資料
- 厚生労働省「年金制度改正法が成立しました」
- 厚生労働省「将来の基礎年金の給付水準の底上げについて」
- 衆議院「令和7年法律第74号」(改正法の条文・附則)
- 厚生労働省「第25回社会保障審議会年金部会 参考資料」(2025年6月30日・PDF)
- 厚生労働省「令和8年版 厚生労働白書」第2部第4章(PDF)
- 日本年金機構「在職老齢年金の計算方法」
- 日本年金機構「短時間労働者の賃金要件の撤廃について」(2026年10月1日)
- 厚生労働省「遺族年金の見直しについて」
- 厚生労働省「2025年の制度改正(iDeCo・企業型DC)」
※本記事は2026年10月時点の公表資料をもとに作成しています。試算は一定の前提を置いた機械的な計算で、実際の年金額は個人の加入歴や今後の経済状況・制度設計によって変わります。最新の情報は厚生労働省・日本年金機構の発表をご確認ください。また、本記事は情報提供を目的としたもので、特定の行動を勧めるものではありません。

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